無料ブログはココログ

« 今日は養老渓谷へ | トップページ | 宵待草碑に »

2007年2月28日 (水)

九十九里町真亀へ

「真亀といふ部落は、海水浴としても知られてゐる漁場。千葉県山武郡片貝村(九十九里町片貝)の南方一里足らずの浜辺に沿った淋しい漁村である」。

上記は、『智恵子抄』で知られる高村光太郎の『九十九里浜の初夏』の中にある「真亀」の様子です。昭和9年5月に光太郎は、精神分裂症の智恵子の症状が悪化したため、智恵子の母と妹の住む、この真亀に転地させました。その住宅を「田村別荘」といい、前述の書には、「部落からすぐ浜辺の方へ小径をたどると、黒松の防風林の中にはいる。妻の逗留してゐる親戚の家は、此の防風林の中の小高い砂丘の上に立つ」とあります。

この「田村別荘」の近くに私の「別宅史想庵」があります。千葉の家が狭くなったために建てた家です。海に近く、静かなところであり、ゆっくりとくつろげる場所でもあります。

光太郎は、ほぼ毎週1回、「智恵子を見舞うため」に訪れたといいますが、私の方は、ほぼ毎週1回は同じですが、「くつろぎを求めて」訪れています。

今日も、2泊3日の予定で、昼頃に出掛けます。毎日、海辺に行き、1時間弱、散歩をします。海へ出るトンネルの手前に「光太郎の詩碑」が建てられています。今日も、夕方、散歩に出掛けます。

« 今日は養老渓谷へ | トップページ | 宵待草碑に »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/205445/14075491

この記事へのトラックバック一覧です: 九十九里町真亀へ:

« 今日は養老渓谷へ | トップページ | 宵待草碑に »

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31