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2008年2月18日 (月)

袖ヶ浦市飯富の「七権現様」(その4)(5)小野家(6)中山家

(5)小野家東照宮(飯富字牛久2395番地)

字牛久の中山一夫家は、もとは小野五郎右衛門家で、この宅地の右手の断崖の途中に平坦な場所があり、ここに権現様の石祠(昭和29年に再建)があったといいます。現在、かすかに崖上に登る道跡が見られるだけで、権現様の所在は不明です。

宅地内の右手に大木があり、根本から清水が湧き出ています。この清水は、日照りのときでも涸れることがないといい、地元では「七権現様の井戸」と呼ばれています。

現在、中山家は空き家になっており、家屋や宅地内が荒れ放題になっています。

(6)中山家東照宮(飯富字山王谷3236番地。中山兵衛門家)

字牛久の中山博家(飯富3181番地)にも東照宮があり、宅地から西方の200mほど行った崖の中腹(字山王谷)に祀られています。

道のない谷津を下りると、中腹に数本のケヤキなどの大木があり、木々に囲まれるようにして小祠(高さ134cm、幅98cm、奥行83cm)があります。昭和29年3月に現当主の博氏が再建したもので、中には御弊の入った箱宮が納められています。

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コメント

私の祖父は、飯富の出身で、中山家の子孫にあたる私は、習志野市に住んでいます。中山家のルーツを調べてこのサイトを知りました。小学生時に、私の父のいとこにあたる中山一夫家(元小野家・七権現様)に泊まりに行ってました。裏の崖道の坂を上がっていく途中には、石像が、何体かあった事を覚えてます。(昭和50年の後半)崖の上には、中山商店という店があり一人で歩くには、ちょっと怖い感じであった事を思い出しましたよ。 
 中山家東照宮の存在は初めてしりました。実際に足をはこんで自分の目でたしかめたいです。中山兵衛門さんはいったい何者なのでしょうか?先祖の方は、何をしていた人達なのでしょうか? とても気になります。来年の2月に男の子が生まれる予定でもあり、中山家が引き継がれていくルーツを知りたいですね。 

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