千葉・大宮巡り(9)「おたけ(姫)池」を訪ねて
城山は、江戸時代に大宮一帯(坂尾・長峰)を支配した板倉筑後守がこの地の中央に「大館」を構えたところであるといわれています。
また、この「おたけ(姫)池」について、昭和9年の『郷土研究資料』(栄福寺住職)では「御館ノ池」とし、
<板倉筑後守は、此の台へ数棟の館を建てられし旧跡なり。此の池はの地の東北の間に池あり。名付けて「おーたてノ池」と云ふ。>
とありますが、この池には悲しい伝説が残っています。
この板倉筑後守の娘に「おたけ姫」がいました。村の夏祭りに出かけた「おたけ姫」は、村の男と知り合いとなり、その後も人目を避けて落ち会っていました。
このことが村で評判となり、父の板倉筑後守の耳にも入り、父母は娘を部屋に閉じこめ、家来に見張り番を命じました。
おたけ姫は、村の男と会いたくとも会えず、一人で悩み続けました。ある日の早朝、父母や見張り番の目を逃れ、この池で村の男を恋しく思いながら入水しました。
おたけ姫が部屋にいないことに気付いた家来は、城内を駆けずり廻って探しましたが見当たらず、そのうちに村人の知らせで池に行きましたが、すでにおたけ姫の命は絶えていました。
哀れに思った村人たちがこの池を「おたけ姫池」と呼ぶようになりました。現在、この「おたけ姫池」は埋まり、その規模も小さくなり、池の形態はありません。
また、この池の右側(写真)の上一帯に明治25年(1892)に大宮尋常小学校(のちに千城尋常高等小学校、現在の千城小学校)が建築され、10月に開校しました(11間×4間、2階建て。前面が校庭)。現在の千城小学校の初めての独立した校舎でした。
写真上は「おたけ姫池」跡
写真下は「城山」の全景。写真の裏手に「おたけ姫池」跡があります。
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おたけ姫池の跡地を友人から尋ねられ、私の家の近くの様なので、写真の景色を頼りにウォーキングを兼ね探し回ったけど、とうとう尋ねることができませんでした。近所のお寺で訪ねてもお坊さんの世代が変わっているのでよくわからないとの返事でした。
従って、この写真の位置は何処でしょうか?そして、東西南北のどのへんでしょうか?
何となくこの辺かな?と思ってもちょっと景色が合わないんです。
ご教示宜しくお願いします。
投稿: 藤原勝男 | 2011年6月22日 (水) 17時52分