千葉・大宮巡り(42)城の腰城址の「八幡社」
大宮町字花輪に「城の腰城址」があります。平安・鎌倉時代、この辺り一帯は、千葉氏の家臣、長峰田所三郎胤行の領地で、城の腰城は、長峰氏の居城であったといわれています。
現在は、この城址のほぼ中央部に「千葉東金道路」が走り、城址が分断されていますが、この南側の城址の藪の中に「八幡社」の石碑(高さ60cm、幅22cm、奥行12cm)があります。
(正面)八幡大明神
(右側面)・(左側面)摩耗し、解読不能
と刻まれています。
八幡神は、第29代欽明天皇の時(540~57)に豊前国宇佐郡馬城峯(まきにみね。御許山ともいう)に初めて現れ、大神比義(おおがみひぎ)によって祀られたと伝えられ、のちに武家の守護神・武神・軍神として信仰されました。



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