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幕張3丁目公園に「明治天皇駐蹕之碑」があります。
この地は、代官の大須賀家(千葉常胤の子孫)の屋敷跡で、明治15年(1882)5月2日に明治天皇が中原野の陸軍対抗演習を観閲するため、ここで休憩され、後にこれを記念するために建立されたものです。
*駐蹕(ちゅうひつ)とは天皇が行幸中、足を止めて休息することです。
この辺りにはカラタチの並木があったといい、山田耕筰が幕張小学校に通い、後に作詞したのが『からたちの花』であったということです。
作詞したのは北原白秋です。 幕張の『からたちの花』は、田舎に良くある捏造ですね。 山田耕筰自身が、自伝「若き日の狂想曲」に『からたちの花』の事を書かれておられます。 当時東京から来た山田耕筰を虐めた、寒村幕張村の悪童達のことも書かれています。
投稿: 三井 正雄 | 2009年12月 9日 (水) 21時17分
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作詞したのは北原白秋です。
幕張の『からたちの花』は、田舎に良くある捏造ですね。
山田耕筰自身が、自伝「若き日の狂想曲」に『からたちの花』の事を書かれておられます。
当時東京から来た山田耕筰を虐めた、寒村幕張村の悪童達のことも書かれています。
投稿: 三井 正雄 | 2009年12月 9日 (水) 21時17分