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市原市のJR八幡宿駅の東約50mのところに「地福山満徳寺御墓堂」がある。
ここには天文7年(1538)に第1次国府台合戦で戦死した足利義明と夫人の墓という五輪塔が建っている。
義明は、北条軍と戦い、戦死し、遺骸は家臣によっていったん小弓御所(千葉市中央区南生実町)に運ばれ、この御所で自刃した夫人の遺骸とともに、八幡の霊応寺(八幡宮の別当で、御朱印地150石、後に満徳寺が寺格を受ける)の境内に葬られ、やがて五輪塔が建てられ、家臣は墓のそばに御堂を建て、夫妻の像を祀り、その冥福を祈ったという。
この御墓堂は、平成5年5月に八幡宿駅東口駅前の土地区画整理事業が決定し、12年3月に現在地に完成した。
初めてコメントさせていただきます。いつも、千葉(房総)の歴史を紹介していただきありがとうございます! 千葉に住んでいる者として、千葉の歴史を知ることができてとても嬉しく思います!
投稿: 山澤 | 2011年5月24日 (火) 14時38分
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初めてコメントさせていただきます。いつも、千葉(房総)の歴史を紹介していただきありがとうございます!
千葉に住んでいる者として、千葉の歴史を知ることができてとても嬉しく思います!
投稿: 山澤 | 2011年5月24日 (火) 14時38分