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2013年8月10日 (土)

白井市の史跡めぐり(15)富塚の鳥見神社

Photo字南に鎮座し、もともとは川上英太郎祖先の氏神であったといい、これを一村の鎮守とするようになったという。

享保19年(1734)、寛政9年(1787)、文化9年(1812)などの棟札があるが、創建年代は不詳である。

祭神は鐃速日命・倉稲魂命・市杵島姫命・小名彦命で、境内は507坪である。

明治41年11月に字宮ノ前の聖天社・駒形神社、字荒久尻の稲荷神社、字上の厳島神社、字中下の厳島神社、字追堀の厳島神社、字子ノ神の子ノ神社を合祀した。

Photo_2参道を進むと左手に村内にあったものをここに移した17基の庚申塔があり、その一つに「切られ庚申」がある。富塚は銚子から日本橋へ鮮魚を運ぶ途中に位置し、ある晩、鮮魚師が銚子からあ輸送中、一つの日の玉に襲われ、暗闇に一刀を振り下ろしたところ、この石塔を切りつけ、今にその刃跡が残ったものであるという。

Photo_3この庚申塔の奥に「歓喜天(聖天様)」がある。明和8年(1771)の石塔で、象の形をした双身像で、男天と女天が抱擁しているもので、夫婦和合・子授け・福徳の神である。

Photo_4この先に本殿があり、周囲には素晴らしい彫刻が施されている。

この神社の神楽は県の文化財に指定されている。江戸時代の末期に当地に住む川上右仲が浦部から伝習し、始めたものであるという。「にしきてんこ(二匹天孤)」他、すべてを演じるには一晩中かかるといわれている。

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