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2014年10月17日 (金)

鋸南町の隠れた史跡めぐり(2)孫文が隠れ住んだという「結城別荘」

Photo孫文が日本に亡命中、保田に隠れ住んでいたという家がある。その家を「結城別荘」といい、『住宅地図』で見ると、「大六1126番地、東京電力健保組合保田荘」で、現在は封鎖されており、中に立ち入ることは出来ない。

Photo_2この別荘は、もともとは明治末、または大正初期に福岡の鉱山経営者の結城虎五郎が娘の療養のために建てたもので、のちに関東配電(東京電力の前身)の健保組合に保養所となった。

孫文は、明治44年(1911)に辛亥革命(第1革命)が起こり、翌年1月に南京で「中華民国臨時政府」が成立し、「臨時大総統」に就任した。

しかし、孫文らの勢力はひ弱であり、就任2ヶ月後、その地位を清朝の実力者であった袁世凱に譲った。政権を掌握した袁世凱は、孫文らの勢力を圧迫したため、孫文らは再び兵を挙げた(第2革命)が失敗し、同年8月に日本に亡命し、大正5年(1916)までの約3年間を日本で過ごした。

Photo_3この期間に一時期にこの「結城別荘」で過ごしていたといい、この別荘の奥には鉄格子のはまった部屋があり、ここが孫文が寝泊りした部屋であったという。

この別荘には、蒋介石や東條英機らも訪ねてきたという。

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