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2015年2月22日 (日)

市川の史跡めぐり(14)下総国分尼寺跡

Photo下総国分寺から北西500mのところに「下総国分尼寺跡公園」がある。

国分僧寺と同じように、天平13年(741)の聖武天皇の詔により「法華滅罪之寺」(国分尼寺の正式な名称)として創建された。

Photo_3この国分尼寺は、当時、全国で68ヶ寺を創建すべきところ、見送った国の相当あるようで、現在、この寺の「未詳」が19ヶ所に及んでいる。千葉県でも安房国が未詳になっている。

下総国分尼寺跡は、かって「昔堂(むかしどう)」と称され、国分僧寺跡と考えられていたが、昭和7年の発掘調査で、多くの瓦とともに底部に「尼寺」と墨書された土器が発見され、尼寺跡であることが確定された。

伽藍配置は、南北の直線上に講堂を北にして金堂が南にあった。昭和42年の発掘調査では、東西25.5m、南北22.4mの金堂の基壇と、東西27m、南北19mの講堂の基壇が発見され、寺域を区画する北、東、南側の溝を確認されたという。

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