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2015年2月20日 (金)

市川の史跡めぐり(13)下総国分寺

Photo_3聖武天皇の詔によって建てられた下総国の国分寺。当時の国分寺の正式な名称は、「金光明四天王護国之寺」といい、全国に68ヶ寺(うち越前国分寺は不詳)で、仏教によって国を護ろうとした。

Photo_4昭和40~41年の発掘調査の結果、現在の本堂下から東西31.5m、南北19mの金堂や、七重塔、講堂の基壇が発見された。

Photo_5その後、平成元~5年の発掘調査で、寺院の範囲が東西約300m、南北約350mであったことが分かった。

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