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2015年3月 1日 (日)

市川の史跡めぐり(15)正中山若宮奥之院

Photo奥之院は、もと千葉氏の家臣で、下総国八幡庄の領主の富木常忍(日常上人、胤継)の邸内の持仏堂であり、妙蓮山法華寺と称していた。

Photo_2文応元年(1260)7月に鎌倉で布教活動を展開していた日蓮は、前執権の北条時頼に『立正安国論』を上程したが、松葉ヶ谷の草庵で襲われ、逃れた先がこの若宮の富木氏の屋敷であったという。

Photo_3この富木氏の持仏堂は「法華寺」と称されるようになったのは、日蓮が入滅してから10年ほど後の永仁元年(1293)頃といい、常忍が自ら日常と改め、この法華寺の貫主となり、八幡庄真間の弘法寺(ぐぼうじ)も兼務したという。

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