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2015年3月19日 (木)

茂原の史跡めぐり(2)本小轡の掩体壕(えんたいごう)

Photo掩体壕は、太平洋戦争中に造られた施設で、敵機の攻撃から航空機を隠し守るための壕である。

Photo_2昭和16年(1941)9月、木崎・谷本・町保・新小轡・本小轡の約150戸と東郷小学校及び寺社などを強制的に移転することが命じられ、ここに「茂原海軍航空基地(戦略上は海軍252航空隊)」が建設された。その広さは、東京ドーム約51個分であったという。

Photo_3同時に敷地内には20数基の掩体壕が築造された。この工事に当たっては、人手が不足し、長生中学校や茂原農学校の生徒や、周辺の住民も動員されたという。

この本小轡に現存する掩体壕が最大のもので、総面積が365㎡、壕の内部の面積が286㎡、最大の高さが6。7mである。

Photo_4


内部にはセメントが間に合わず、後から付け足した所も見られる。

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