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2015年5月 2日 (土)

茂原の史跡めぐり(5)本納城址

Photo室町時代後期、享禄2年(1529)に領主黒熊(くろくま)大膳亮(だいぜんのすけ)景吉(かげよし)により築造されたといい、景吉はこの城を本拠地として24郷を治めたという。

Photo_2蓮福寺の墓地から表示に従い城址に向かう。山城であるが、本丸への道はそれほど険しくはない。

Photo_3永禄7年(1564)の国府台合戦の後、安房の里見氏の旗下を離れた土気城主の酒井定隆の軍勢に急襲され、同12年(1569)3月に落城し、城主景吉は切腹したという。

Photo_4その後、土気方の板倉右衛門が城代となって統治したが、天正18年(1590)に小田原落城後、徳川幕下の旗本知行地となり、廃城となった。

Photo_5城址には本丸、二の丸、狼煙台、削壁(さくへき)、抜穴、袋狭間(ふくろはぎ)など、中世山城の遺構が多く見られる。

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