東京浅草の三社祭
千葉寺にある大塚電気の日立フェアー見学ツアーに参加し、浅草の三社祭を見学しました。
10時30分前に千葉寺を出発し、1時間余でフェアーの会場へ。ここで電化製品を見学。当家ではいずれテレビ・冷蔵庫などを購入する予定があり、最新の電化製品を下見。それぞれに目を付ける。
その後、17日~19日の「浅草三社祭」を見学。この三社のいわれについて、パンフレットには、
<浅草寺縁起によると、今から千三百九十年程の昔、隅田川で漁労に精を出していた檜前(ひのくま)浜成(はまなり)・竹成(たけなり)の二兄弟が漁網の中から一像を持ち帰り、土地の文化人である土師(はじ)真仲知(まつち)に一見を請うた処、土師はこれは尊い聖観音像であり、自分も帰依する所の深い仏像であると、二人の者にその功徳を淳々と説き、自邸に堂舎を構えて寺とし、三人共々厚く聖観音像をお祀りするようになったという。>
とあり、これが浅草寺の起源であり、後世この三人が浅草の開拓者として、三社大権現の尊称を奉られ、祭祀されるようになったという。
それにしても、久しぶりに浅草見物をしたが、祭りということもあろうが、人の実に多いこと。仲見世通りは通りいっぱいに人が歩く。そこを御輿が通ると、人が左右に押し出される始末。前へ進むことが出来ず、後ろへも。
人通りの多い仲見世通りを抜け、大通りに出た。すると前方に、今話題にスカイツリーが姿を現す。
人の多さに疲れたが、楽しい一日となった。
大塚電気の皆さん、ありがとうございました。



当山には6名の将軍の霊廟がある(非公開)。
寛永寺の境内には、4代将軍家綱の御霊廟の梵鐘、当山中興の学僧・慈海僧正の墓、わが国最初の講義を伴う公開図書勘、「勧学寮」を設立した名僧・了翁禅師の塔碑や座像、虫塚などがある。
寛永寺は山号を東叡山といい、元和8年(1622)に天海大僧正が徳川2代将軍秀忠と相談し、徳川家の安泰と江戸庶民の平安を祈る道場(祈願寺)として創建が決められた。




遠くからは分かりませんでしたが、現在、







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