小見川地区史跡を訪ねて(6)芳泰寺
岡飯田の森山城東端の麓に建つ芳泰寺(ほうたいじ)は、千葉氏六党の一つ、東氏の菩提寺である。

曹洞宗に属し、山号を通性山、院号を真性院といい、はじめ平常将が平山村(東庄町平山)に創建したという。
その後、建仁2年(1202)に東胤頼が現在地に移し、以後、東氏の菩提寺とした。本尊は十一面観世音菩薩で、本堂の屋根には千葉宗家の紋章、月星がある。

境内には東氏始祖の胤常夫妻の墓があり、小見川町(香取市)指定文化財となっている。
森山城の一角に建つ本寺は、平山にあった時代は、平山寺と称したといい、鎌倉時代に現在地に移り、東胤頼夫妻の諡名(おくりな)から通性山真性院芳泰寺になったという。
本堂は3回の大火に遭い、現在の建物は弘化4年(1847)に再建したものである。
山門が2階建てとなり、2階が鐘楼になっているのが実に珍しい。
また、山門の手前30mほどのところに建つ結界石(石碑)は、禅宗特有のもので、「不許葷(くん)酒入山門」(葷酒を食して(持って)山門を入ることを許さず)とあり、仏道修行の妨げになるものの持ち込みを禁止している。
葷(くん)とはニラ・ニンニク・ねぎなどの臭気のあるものと意。
森山城は、千葉常胤の6男、胤頼が鎌倉時代の建保6年(1218)に築城した。直線連郭式の山城で、東西端は三城から根小(古)屋まで620mあり、台地の標高は約45mである。


















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