鴨川市内めぐり(12)主基斎田(すきさいでん)跡
この主基斎田(すきさいでん)とは、明治天皇の即位後、最初の新嘗祭(にいなめさい)である大嘗祭(だいじょうさい)に斎田として選ばれた場所です。
大嘗祭に用いられる新穀は、卜定(ぼくじょう)された(骨を焼いて出来たひびによって占い定める)悠紀(由基)と主基(次)の2ヶ所の斎田から献上される。
明治4年(1871)の大嘗祭では、悠紀斎田が甲斐国巨勢郡、主基斎田には長狭郡北小町字仲ノ坪の6反歩(約60アール)が卜定された。
村では斎田の周囲に青竹を立て、しめ縄を張り、垣をめぐらせて厳重に囲った。また、隣地には八神殿、稲実殿、幕社、御備所が建てられ、花房藩の役人が番屋で警備に当たったといいます。
大嘗祭に先立ち、神祇(じんぎ)省から抜穂使(ぬきほのつかい)ら8人が多くの従者を伴って訪れ、抜穂式が厳かに行われた。
以来10年目ごとに斎田跡において記念祭が行われ、昭和55年の明治神宮の鎮座60年の大祭を機会に、毎年、主基斎田の初穂と、斎田から収穫した新米で醸造した神酒「白酒(しろき)」が明治神宮に奉納されている。














防波堤から架かる橋は、ハシゴ状で、ジャングルジム並みに鉄骨のはしごである。足元は金網の状態で、何か寒気を覚える。


鴨川漁港を通り抜け、防波堤を進むと、右側に「鴨川松島」で最も大きな島がある。厳島神社が祀られている弁天島で、面積0.02平方キロ、周囲0.5キロである。

鴨川の貝渚(かいすか)から江見にかけての海岸には多くの小島や奇岩が点在しており、中でも、鴨川漁港の沖には外房随一の名勝と称される「鴨川松島」の絶景が広がっている。










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