鹿野山神野寺再訪
寺伝によると、推古天皇6年(598)9月に聖徳太子が日本武尊の「神明」を敬い、鎮守として創建したという。天安元年(857)2月、円仁(慈覚大師)が再興し、天台宗道場とした。
宝永7年(1710)建立の本堂の裏側に聖徳太子像があり、その脇に左甚五郎作という白蛇が祀られている。白蛇は軍茶利王の化身である。
表門(国重要文化財)は、道場、太子講堂、宿坊などに出入りするための門で、室町時代のものであると推定されている。
道場は、間口13間、奥行8間3尺で、天正19年(1591)の建立で、中には本尊釈迦如来が安置され、徳川家の位牌が祀られている。
今年だけで何と4回目の参拝となるが、いつ行っても静寂の中にある寺院で、心が洗われる。
















<口碑によれば、日本武尊が東征の折、この地に夷賊を平らげ、人民を愛撫したことに住民たちは其の威徳に感服し、本社を剏建(そうけん)して尊の神霊を祀ったといわれている。また、武将等の崇敬厚く、永正十年(1513)真里谷城主武田信勝、久留里城主里見義尭、佐貫城主らによって浄財の寄進を得ている。県指定無形文化財の「はしご獅子舞」がこの祭礼に奉納されている。(清和村誌より)>










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