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長南町

2013年2月19日 (火)

長南町の史跡めぐり(18)芝原の熊野神社

Photo熊野神社は、承平2年(932)に長南二郎滋殖(しげいく)が創建し、15世紀に庁南城を築いた武田信長が改築して長南の鎮守にしたといわれている。

Photo_2ちなみに長南滋殖は、学問の神様として有名な菅原道真の子孫で、母親の里、判家で成長し、24歳の時の延長2年(924)に上総介に任じられた兄(10男)の淑茂(よししげ)に連れられ、上総国に着いた。当時の滋殖の領地は河家郷(長南町給田付近)である。道真の子は11名おり、うち9名が地方官であった。

Photo_3淑茂が任期を終えて都に帰るとき、滋殖は残り、延長5年(927)頃に土地の名前を取り、長南二郎と名乗り、地元の豪族の娘「まつの」と結婚し、開拓領主の初代となった。

Photo_4承平7年(937)に滋殖は、国府勤めを辞め、紅花を栽培して「紅餅」を作り、都に納め、「長南紅」として有名になった。

この熊野神社には大小2基の御輿(みこし)があり、もとは庁南城を攻め、大多喜城主になった本多忠勝が寄進したものであるという。

その後、御輿2基は老朽化したため、享保5年(1720)に氏子たちが新たに奉納したという。

2013年2月18日 (月)

長南町の史跡めぐり(17)能満寺古墳

Photo_12芝原の旧熊野神社跡地内の丘上に位置する全長73.5mの前方後円墳である。

Photo_13昭和22年(1947)に明治大学考古学研究室によって発掘調査され、後方部から舟型木炭槨(もくたんかく。木炭で木棺を被覆するもの)が検出され、銅剣、銅鏃(どうっぞく)、鉄製鉋(かんな)、ガラス玉などが出土した。

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築造年代は、墳丘の形、埋葬方法、出土遺物から5世紀初頭のころと推定されている。

Photo_15それにしても雑木草などが刈られ、はっきりと前方後円墳の形が分かり、よくもこのように現在まで残っているものであると感心した。

実に保存状態もよく、一見に値する文化財である。

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なお、熊野神社について、古伝によると、永禄年間(1558~69)の勧請といわれ、旧社格郷社熊野神社(芝原482)の勧請社とも伝えられている。

2013年2月17日 (日)

長南町の史跡めぐり(16)能満寺

Photo_8標高43,08mの台地上にあり、山号が慈眼山という天台宗の寺院である。

Photo_9大正2年(1913)5月の『長生郡郷土誌』には、

<芝原区にあり、天台宗にして、星光山と号す。寺宝中に阿部氏(大多喜藩主)の寄進せる観音の木像及び剣一口あり。観音は、加藤清正家の宝物なりと。>

と記されている。

Photo_10平成4年(1992)1月21日に火災により全山が焼失したが、17年7月に再建した。

もとは現在の庫裏のあるところに本堂があったという。

再建された本堂は、なかなか立派であり、境内もきちんと整備されたいる。住職さん、奥さん、共に親切で、突然伺ったにもかかわらず、くわしく説明して頂いた。感謝!

Photo_11から3番目の写真は、旧参道。杉並木が素晴らしい。一番下の写真は、本堂入口に建つ「板碑」で、「享保二年三月十二日」の文字が見える。

2013年2月16日 (土)

長南町の史跡めぐり(15)安房上総知県事役所跡

Photo_4長南に白鳥山浄徳寺(臨済宗)があり、南北朝時代の延元4年(1334)に僧妙覚が創建したと伝えられる。

Photo_5この寺は、「安房上総知県事役所跡」で、慶応4年(1868)7月2日、新政府から「安房上総知県事」に任命された柴山典(文平)は、市原の八幡駅に役所を開いたがああ、8月中旬に長南宿に移し、この浄徳寺の本堂を仮役所とした。

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その後、明治元年(1868)12月16日に柴山は、国替えの井上藩と事務引継ぎを行い、宮谷(みやざく。大網白里市)の本国寺に移った。

Photo_7浄徳寺に置いた役所は、約5ヶ月の短い期間でああったが、動乱期の新政府の布達は、すべてここから県下に発せられた。

この長南は、天正18年に検地が行われているが、このとき、代官は本寺を宿としたといい、梵鐘は正保2年の鋳造で、徳川家光及び久世広之が寄進したものであったという。

2013年2月15日 (金)

長南町の史跡めぐり(14)再び長福寿寺へ

Photo文献により、長福寿寺(三途台)は、もとは長南氏の居館があった地であることを知り、再び訪れた。

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長南氏の始祖である菅原滋殖(善智麿)は、昌泰3年(900)に京で生まれたが、3歳のとき、父の道真が大宰府に左遷となったため、母方の伴氏のもとで育った。後に兄の上総介淑茂に仕えたが、間もなく退官し、河原郷三途台(長福寿寺の地)に館を作り、周辺部を開墾し、次第に勢力を広げた。

Photo_3そして、地元の豪族であり、桓武天皇の流れを引く坂東平氏の女、麻津廼と結婚し、長南次郎善智麿と称した。

一方、長福寿寺は、寺伝によると、もとは三途台の北北東数キロのところあったが、長南氏が現在地に移し、同家の菩提寺にした。これは、三途台が後に築いた長南城の鬼門に当たるためであったという。

本堂の左側に、高さ1.6mの「長南殿」の供養塔(もとは五重塔であった)が建っている。供養塔の周辺部に刻まれた文字は磨耗して判読は難しくなっているが、「□照院紅誉□□居士」、「寂照院殿玄誉自空一滴康雄居士」とあり、正徳年間(1711~16)に当寺の住持が建立したようである。

副住職さんの話によると、「『全国長南会』という組織があり、毎年1回、その会の方々がお参りに来ています」と。

なお、滋殖は、承平2年(932)に紀州熊野本宮の分霊を祀り、熊野神社を創建し、天徳4年(960)に60歳で亡くなったという。

(参考:全国長南会の『長南氏系図』)

2013年2月13日 (水)

長南町の史跡めぐり(12)長久寺(日蓮宗)

Photo_16山号を「安楽山」といい、釈迦牟尼仏の御真骨が奉安され、毎月1・8・15日に開扉されている。

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境内に庁南城主武田豊信の母(松林院殿)が奉持したという仏舎利塔と、祖師堂が建っている。

Photo_18毎年1月15日には「星祭り寒水行」が行われている。この寺に集まった人々の前で、僧侶が念仏を唱え、冷水を数回かぶる寒水で、集まった人々に温かいおしるこがふるまわれる。

2013年2月12日 (火)

長南町の史跡めぐり(11)旧大多喜街道

Photo_10野々地先(市野々区)の旧棒坂の登り口から頂上までの約237mの間は、旧大多喜街道の古道であり、昔の姿を留めている。

Photo_11この棒坂は、近辺の小土呂(おどろ)坂(大多喜町)と針ヶ谷坂(長柄町)とともに、大多喜街道の三大難所といわれていた。

Photo_12旧街道沿いには難所を物語る六面六地蔵や道祖神、馬頭観音などが祀られている。

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登りつめた頂上には、峠の茶屋が道を挟んで左に1軒、右に2軒あり、明治の中頃まで営業していたという。現在は、山林・畑になっている。

2013年2月11日 (月)

長南町の史跡めぐり(10)熊野(ゆや)の清水

Photo_6「弘法大師の霊泉」ともいわれ、昔から霊験あらたかな健康の泉として人々から親しまれてきた。

Photo_7弘法大師が布教のため、諸国を行脚された折、たまたま立ち寄った当地は、水不足で、農民たちが困っているのを見て、法力によって清水を湧き出たせたという伝説がある。

Photo_8この湧き水は、こんこんとあふれ、どんな日照りにも涸れたことがないといい、当時の住民は、大師の遺徳を讃え、その座像をこの清水の上の龍動寺に祀ったという。

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この日も、浦安方面からの方が数十本のペットボトルを持って来て、この清水を入れていた。「この水でのコーヒーは、実に味がいいですよ」と。

2013年2月10日 (日)

長南町の史跡めぐり(9)長南宿

Photo_4長南町長南は、江戸時代、矢貫村長南といい、中世は城下町として軍事・政治上の中核をなし、近世には宿場的性格を持ち、商業・経済の中心であった。

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また、房総往還中街道の道筋で、大多喜・一宮に向かう中継地として往来する人も多かったという。

町並みには旅籠・居酒屋・飛脚屋・米屋・油屋・紺屋など、各種の商店が軒を連ね、毎月2と7の日には「六斎市」が開かれ、近在農民の生活物資と農作物の集散地として、江戸期を通じて盛況を見せていた。

2013年2月 9日 (土)

長南町の史跡めぐり(8)公家門及び明治初期の井上藩仮本営跡

Photo今関家の門は、古くから「公家門」と称されている。

この地方にある長屋門とは異なり、棟門の両側に守衛などの詰所を置き、さらに外側に潜戸(くぐりと)が取り付けられている。

Photo_2この門の建造年月は不明であるが、家号を「棒仁」と称し、近郷に素封家と知られ、奈良の一乗院宮家から許されて建てられたものであるという。

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また、この今関家は、鶴舞藩の仮本営でもあった。

明治2年(1869)2月11日に遠州(静岡県)浜松城主の井上河内守正直は、市原・山辺・埴生・長柄地方の206村、6万2千石に転封(国替え)となり、当初、この今関家が役所となり、翌3年(1870)4月21日に鶴舞に移る1年2ヶ月が仮本営であった。

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