東庄町の史跡巡り(7)豊玉姫(とよたまひめ)神社
貝塚に綿津見神の姫神の豊玉姫尊を祭神とする豊玉姫神社がある。
景行天皇の皇子日本武尊が東夷征伐のため、相模国から上総国の船で渡ろうとしたとき、嵐に遭遇し、海上安全を綿津見神に祈り、事なきを得て上陸し、その後、海上郡編玉郷貝塚字網ノ岡を訪れた。このとき、日本武尊は、貝塚字海内高台に綿津見神に姫神の豊玉姫尊を祀ったというのが本社の起こりである。
往古は海上郡15郷の一つ、編玉郷の総鎮守として、編玉総社「大宮大明神」と号し、上5郷下7郷の氏子を有した。
延暦20年(801)に坂上田村麻呂が蝦夷征伐のとき、本社を参詣し、御剣と御鏡を献納し、延長元年(923)には平良文がこの地を領し、社領として30貫を寄進し、一門の祈願所とした。
その後、本社は風害のため、本殿が倒壊したため、康和2年(1100)に現在地に社殿を再建し、社号を「新宮大明神」に改めた。現在名に変更したのは明治5年(1872)である。
現在の本殿は宝暦7年(1757)に改築されたもので、萱葺きであったが、昭和55年(1980)に萱葺きの姿を踏襲し、銅板葺きに改めた。














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