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神崎町

2012年9月30日 (日)

神崎町史跡巡り(6)こうざき船着場

Photo_3かっては江戸を結ぶ利根川舟運が盛んに行き来し、河岸として栄えた神崎町。

Photo_4利根川の改修により、その河岸も姿を消した。

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平成22年5月、かっての舟運の賑わいを利根川に取り戻そうと、「こうざき船着場」が完成した。

Photo_6船舶昇降用スロープや大型車駐車場も備え、水上スポーツなどにも対応した施設である。

2012年9月29日 (土)

神埼町史跡巡り(5)西の城貝塚

Photo旧霞ヶ浦を望む台地上に向かう道路に「わくわく西の城」という表示があった。何だろうと行くと、もと県の神埼青年の家で、現在は町の経営になっているという。

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この施設の一角に、縄文時代早期(約9000年前)の貝塚(西の城貝塚)がある。この貝塚は、淡水と海水の接点に生息するヤマトシジミを主体とし、淡水産のタニシ・カワニナ、黬(かん)水産のハマグリ・オキシジミなどから成る径20mの貝塚である。

現在は保存のため、モダンな建物が建てられ、鍵がかけられ、中を見ることが出来なかった。

2012年9月27日 (木)

神埼町史跡巡り(4)おかべ観音

Photo_7郡(こおり)のおかべ観音は、いんざい市中里の楽満寺観音、香取市五郷内の樹林寺観音と併せ、「臨済の三観音」といわれている。

Photo_8本尊は、慈覚大師作という聖観音で、33年に一度、開扉される。

Photo_9境内の左側には「法乳泉」と呼ばれる名水があり、乳が出ない母も、この水をいただくと、不思議にも乳が出るようになるという伝承がある。

Photo_10また、観音堂の裏手には「大師山」と呼ばれる小高い丘があり、ここに四国八十八ヶ所があり、丘の起伏を利用して八十八ヶ所巡りが一周できるようになっている。

2012年9月26日 (水)

神埼町史跡巡り(3)神宮寺

Photo_4並木に鎮座する神宮寺は、神埼神社の別当寺として創建された真言宗の寺院である。

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古くから「並木観音」とも称され、近郊近在に人々に信仰されている。

Photo_6入口の朱色の仁王尊が目を引く仁王門は、江戸時代中期の建立で、「大悲閣」とも称され、観音堂は元禄10年(1697)に建てられたという。

本尊の木造十一面観音立像は、像高155cmで、11世紀後半から12世紀にかけて制作されたといわれている。

2012年9月25日 (火)

神崎町史跡巡り(2)神崎の森

Photo神崎神社の参道の階段を登る。

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この一帯は7000坪余りあり、江戸時代、利根川を航行する船人たちは、「ここは、こうざき森の下、舵をよくとれ、船頭どのよ。主の心と神崎の森は、なんじゃもんじゃで、気が知れぬ」といわれた森である。

Photo_3この森は、ヤブニッケイ・タブノホスタジイ・ヤブツバキ・シダなど、学術上でも貴重であるという原生林が生い茂っている。

2012年9月24日 (月)

神崎町史跡巡り(1)神崎神社と大クス

Photo神崎は、中世に津、近世には河岸(かし)が発達した交通の要所であった。

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この海上交通を守護する天鳥船(あめのとりふね)命を祀る「神埼神社」は、社伝によると、明治期までは「子松神社」といい、白鳳2年(673)に常陸と下総の境界である大浦沼二つ塚(茨城県)から現在地に移されたという。

Photo_3本殿の右側に、高く聳える大クス(国指定天然記念物)は、通称「なんじゃもんじゃ」といい、水戸光圀が「この木は何というもんじゃろうか」と自答自問したのがその通称の起こりで、町のシンボルになっている。

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