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川崎市」

2013年3月 5日 (火)

「いわいき郷土史の会」の史跡めぐり(1)登戸(のぼりと)研究所(Ⅰ)

Photo「いわいき郷土史の会」とは、私が命名した仮の歴史の会で、もと中学校の歴史の教員であった安藤一郎先生が教える、公民館の歴史同好会の人たちで組織している。

Photo_2大戦中に陸軍が風船爆弾を造った川崎市の「登戸(のぼりと)研究所」などを見学するということを安藤先生から知らされ、同行させて頂いた。

Photo_3登戸研究所とは、正式には「第九陸軍技術研究所」といい、今は明治大学の生田キャンパスになっている。

この研究所は、太平洋戦争中、いわゆる闇の部分の研究開発をした所で、「設立の目的」には、

<戦争には必ず存在する「秘密戦」(防諜・諜報・謀略・宣伝)という側面を担っていた研究所です。そのため、その活動は、戦争の隠された裏面を示しています。>

とある。

Photo_4さらにこの研究所の保存に努めたことについて、

<登戸研究所の研究内容やそこで開発された兵器・資材などは、時には人道上あるいは国際法規上、大きな問題を有するものも含まれたいます。しかし、私たちはこうした戦争の暗部ともいえる部分も直視し、戦争の本質や戦前の日本軍がおこなってきた諸活動の一端を、冷静に後世に語り継いでいく必要があります。>

と記され、戦争の実態を美化され、遊び感覚で戦争を謳歌する傾向がある昨今、この施設は重要な部分を占めているといえよう。

資料館に入り、この研究所の活動をビデオで見せて頂いた。

戦前に旧日本陸軍によって開設され、防諜(スパイ活動防止)、諜報(スパイ活動)、謀略(破壊・かく乱活動・暗殺)、宣伝(人心の誘導)のために、さまざまな秘密戦兵器が開発された。その開発を行ったのが、この研究所であった。

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