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九十九里町

2015年1月 5日 (月)

平成27年初日の出の模様

Photo平成27年の初日の出を見るため、昨年の年末から九十九里町真亀の「別宅・史想庵」で過ごした。

年末は、別宅の障子の張替えという大仕事を終え、元日午前6時50~55分の日の出のため、6時30分頃に起き、支度をして九十九里浜へ。

Photo_2太平洋の水平線付近には雲があり、日の出を拝むのは難しいか?と思いながら、九十九里浜へ。

途中の路上には県内や県外の車が道狭しとばかり駐車している。

Photo_3
日の出時刻前の水平線。多少の雲があるが、その雲の上から日が登るものと期待する。

明るくなってきたが、日が上るところに意地悪く雲が多くなる。

日の出の時刻となったが、空が明るくなったが、日が見えない。

待っても待っても、日が登らず。

Photo_4
あっ!飛行機が通り過ぎて行く。成田からの「初日の出ツアー」の飛行機か?

ということで、平成27年の初日の出は、残念ながら拝むことが出来ず。

翌2日は朝から晴天なり。

2013年6月30日 (日)

九十九里町の武家屋敷門が移転

Photo近く、九十九里町にある武家屋敷門が、塩害により保存が大変であるとのことで東京港区に戻るという。

そこで、先日、九十九里郷土研究会ではこの武家屋敷門と豪農屋敷の見学会を開催した。

Photo_2武家屋敷門は、文久2年(1862)には老中本多美濃守の屋敷門として江戸城の東に建てられていたが、その後、移転し、建て替えられた。

今の建物は、東京芝白金にあったものを、山脇学園が昭和49年(1974)にこの九十九里の地に移転したものである。

Photo_3武家屋敷門は、江戸末期に老中を務めた本多美濃守屋敷の表門で、かって八重洲の大名小路にあり、いろいろな経過を経て、昭和6年(1931)に藤山邸の表門として移築され、米軍第7艦隊の将校官舎、イタリア大使館官舎と移転した後、昭和39年(1964)に近鉄が買収、山脇学園に寄贈された。

門は、正面21.6m、側面4.7mで、2階建て。屋根は本瓦葺の切妻造りで、重厚な感じは、往時の大名の重格が偲ばれる。

Photo_4国立博物館の池田屋敷の黒門、東京大学の赤門と並び、日本三門の一つに数えられる国の重要文化財。

2013年1月 5日 (土)

明けましておめでとうございます

Photo今年の正月も九十九里町真亀の別宅「史想庵」で過ごしました。

Photo_2
元旦は、6時30分前に起き、初日の出を見に九十九里浜に。別宅から5分足らずで浜に行けます。

Photo_3すでに県道には千葉県以外のナンバーの車が数珠並び。海岸には多くの人たちが今か、今かと初日の出を待っています。

Photo_4
6時51分に太平洋の水平線に登りました。しかし、水平線付近には雲があり、雲と雲の間から初日の出を拝みました。

Photo_5
今年もよい年でありますように。

2012年7月27日 (金)

惜しかった!豊海マイナーズ

Photo知り合いの子供さんが所属する「豊海マイナーズ」を応援のため、天台の県スポーツセンターに行ってきた。

Photo_2この場所は、随分きれいに整備されたが、私がまだ現役で、ソフトボールの指導(監督)をしていた頃、ここで試合が行われ、夏にはよく通ったところである。もう20年以上も前のこと。市内で優勝したり、県大会に出場したのも、このグランドである。指導していた子供たちも、もう40~50代の年齢かと思う。

さて、私の家から15~20分のところにあるスポーツセンター。すでに九十九町豊海から応援団が到着していた。

Photo_3この日は、準決勝で、相手は強豪の千葉の磯辺シャークス。このところ、優勝を続けているチームとか。私は、千葉市内に住んでいるので磯辺を応援したいが、今日は別宅のある九十九里町真亀の「豊海マイナーズ」を積極的に応援する。中でも、レフトで、5番バッターが応援の対象である。

試合は、押しつ押されつ。6回表まで勝っていたが、結局、相手に1発が出て、3対3。サドンレスとなり、1対2で負けてしまった。しかし、強豪チームを相手に、豊海のチームはよく頑張っていた。

磯辺というところは、千葉市の美浜区で、埋立地の一角にあり、新興団地(もう老齢化が始まっているが・・・)で、東京には直通で行けるため、東京勤めの人が多く、「千葉都民」とも称され、子供の数は九十九里町の豊海地区に比較すると結構多いところである。

こうした「都会派」のチームとの対戦。でも、海育ちの豊海の子供たちには根性があり、小中学生、そして、高校生もそうであるが、「強い」といわれても、必ずしも「勝つこと」とは結びつかないことを、私の現役時代から「いや」というほど知らされている。

豊海マイナーズにも必ずチャンスがあり、精神的には劣らないと思い、大いに期待していた。結果的には敗退したが、内容的には磯辺以上によく戦っていた。

磯辺のチームは、決勝で成田のチームを6-0で下し、優勝した聞いた。豊海マイナーズ、惜しかったね。でも、ここまでよく戦った豊海マイナーズに「アッパレ」のラベルを貼ろう!

そして、千葉日報杯に期待しますよ、選手の皆さん、及び監督さん、スタッフの皆さん!

2012年6月22日 (金)

九十九里郷土研究会の歴史文学散歩

Photo6月16日(土)に九十九里郷土研究会は、町内の真亀・不動堂の歴史文学の名所めぐりを行った。あいにくの雨であったが、会員の車に分乗し、

Photo_2(1)智恵子抄詩碑

(2)智恵子療養所跡

(3)武家屋敷門

(4)元禄地震供養塔

(5)浄泰寺

を巡った。

Photo_3
副会長の斎藤氏の案内によるが、町の文化財審議委員を務めており、かなり詳しく、かつやさしく説明し、実に有意義であった。

また、配布された資料は、内容が豊富で、永年にわたり研究されたことが記載され、貴重なものである。

この「九十九里郷土研究会」は創立3年目で、会員数は49名。毎月第3土曜日に例会を開催している。

2012年1月18日 (水)

別宅「史想庵」の庭の改築

Photo九十九里町の真亀にある別宅「史想庵」。

Photo_4


久しぶりに庭いじりをし、木を植えたり、フエンスを付設したりした。

8畳2部屋と書斎の前には友人から戴いた大きな槙の木が4本植えられている。もう8年前になる。

Photo_510畳の居間の前と玄関入口左側が殺風景であつたため、いろいろと考え、花が咲く木を選び、全面的にサルビアの木を植えることにした。

Photo_6まず居間の前に8本のサルビアを。はじめは3本を植えたが、右手だけでバランスが取れず、さらに4本を追加。1ヶ所の間が空いていたため、さらに1本を追加する。

Photo_8次に玄関入口の左側。木柱を3本建て、フエンスを取り付けた。そして、前に3本のサルビアの木を植えた。

見違えるほどになったが、さらに2個の石灯篭を入れることを予定している。

2011年1月 4日 (火)

九十九里浜の初日の出

明けましておめでとうございます。

今年も九十九里町真亀の「史想庵」で新年を迎えました。

Photo 6時30分頃に真亀海岸に向かう人たちの話し声に起こされ、すぐに身支度をして海岸へ。思ったほど、寒くはない。

海岸に向かう道は、車や人が例年よりも多い。県道の両側に車が止まっている。

そして、真亀海岸へ。多くの人たちが初日の出の上がるを待ち受けている。

Photo_2 6時47分頃、太平洋の水平線が明るくなる。今年は、雲一つない。そして、48分頃に水平線に初日の出が上がる。

Photo_3 まさに水平線からの太陽である。

Photo_5  この真亀海岸から初日の出を眺めるのは7年目になるが、これほどはっきりと水平線から昇る姿は初めてである。

今年もよい年でありますように。

2010年9月16日 (木)

九十九里海岸を掃除する人たち

先日、真亀・不動堂海岸を散歩していると、ゴミ袋を持って、海岸の掃除をしている一団に出会いました。

夏の海岸は、海水浴客で賑わい、朝、夕に行ってみると、至るところにゴミが捨てられています。中には集団でバーべキュウをやり、その食べ残しやゴミをそのまま捨てていく人もいます。また、缶やペットボトルを海岸に置いていく人もいます。

このため、もともと美しい九十九里浜の海岸は、汚れ、実に見苦しい海岸化しています。

こうした環境を美しい海岸に戻そうと努力している人たちの姿を見て、遊び、楽しんで帰る人たちは、その環境に感謝し、最低限、自分が出したゴミは持ち帰るようにしたいものと、強く感じました。

2010年1月20日 (水)

九十九里町真亀の須賀神社を訪ねて

Photo_3 九十九里町真亀652番地に鎮座する「須賀神社」は、祭神が須佐之男命です。牛頭天王ともいわれ(地元では「天王さま」という)、創建年代は享保年代以前といい、旧真亀村の村社でした。

Photo_4 境内には本殿の他、幣殿、拝殿、社務所、左側には御輿が入った建物があります。

2010年1月 4日 (月)

今年の正月も真亀海岸から初日の出を拝む

Photo 今年も正月は真亀の別宅・史想庵に滞在し、まず真亀海岸で、初日の出を拝みました。

水平線には雲が懸かっていましたが、その間から初日の出がのぞき、そして雲の上にはっきりとその姿が見えました。

Photo_2 今年は例年になく人出が多く、別宅から九十九里浜に向かう途中の「産業道路」には両側に駐車した車が並び、この道路を横切った海への道にもずらりと車が行列をつくり、県外の車も結構見られました。

Photo_3 海岸に着くと、多くの見物人が三重、四重にと太陽が出るのを待ち構えていました。

そして、6時45分頃から東の空が明るくなり、48分には初日の出が顔を出しました。

Photo_4手を合わせ、手をたたく、今年もよい年でありますように!

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