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古墳

2007年5月12日 (土)

荒久古墳について

千葉市中央区青葉町、青葉の森公園内(旧畜産試験所内)に「荒久(あらく)古墳」があり、俗に「岩の唐戸」と呼ばれ、切石の横穴式石室を有する方墳です。昭和34年の調査で、石室床面から1体の人骨と琥珀(こはく)製なつめ玉3個、鉄製馬具が発見されています。

石室の構造は、極めて短い羨道(せんどう)と長方形の玄室からなり、これが石門によって区画されています。また、玄室の床面に粘土を敷き詰め、排水口が設けられています。この古墳の長さは2.07m、奥壁の幅1.4m、入口の幅1.2mで、墳丘の外形、石室の構造・寸法(唐尺)などは、大陸墓制の影響を強く受けています。

これらの点から、この古墳は、古墳時代末期のもので、千葉国造の大私部(おおきさいべ)氏の墳墓でないかと思われます。

2007年5月11日 (金)

七廻(ななまわり)塚古墳について

村田川の河口デルタに面する台地上(生実町字峠台)にあった七廻塚古墳は、経54m、高さ8.8mの大円墳でしたが、昭和33年に生浜中学校(生浜東小学校)校庭の拡張により消滅しました。

この時の調査によると、内部施設は3基あり、いずれも両端に粘土をあてる木棺直葬で、副葬品としては棺内から鉄製大刀・剣・鉄鉾(ほこ)・鎌・斧など、棺外から青銅製鏡・滑石製釧(くしろ)・滑石製品(剣)・滑石製模造品(斧・刀子・剣・鎌)・変形神獣鏡などが出土しました。

この出土の中でも、石剣は、大型(直径16cm)の見事なもので、全国的に見ても優品に属します。また、滑石製の釧(くしろ。腕輪)は、直径16.5cmで、表面を凸レンズ状に盛り上げ、外縁と内縁に放射状の刻みが付けられています。これは、実用品ではなく、呪術的な用途を推測させる、豪族の宝器であったようです。これらの出土品は、現在、南生実町の千葉市埋蔵文化財調査センターに展示してあります。

これらの出土品から見て、この古墳は、5世紀の中頃に築造されたものと考えられています。

地元の伝承によれば、この塚を片足で7回、左周りすると、美しい乙女が機(はた)を織っている姿が現れるとか、オサの音が聞こえてくるといわれています。

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