野田・五木新田東照宮(神明大神社)
東武野田線の川間駅から線路沿いを左手に行くと、字西耕地となり、神明大神社があります。祭神が天照皇大神と東照宮であり、創建が延宝4年(1676)2月です。
五木新田は、享保11年(1726)に大沢茂兵衛が開墾に当たり、同15年(1730)に創設された村です。
明治・大正期の『県神社明細帳』(千葉県総務部)の神明大神社の項に、
一.由緒 享保十五年中、御検地の砌り、村内安全の為、御代官 小宮山杢ノ進殿、後藤庄左衛門殿より社地御見行勧請有之候事。
とあり、享保15年に代官の小宮山杢之進(昌世)が社殿を建立し、相殿に東照宮を奉祀したといいます。
この小宮山氏について、『寛政重修諸家譜』の昌世の項には、
<正徳元年(1711)三月十八日、はじめて文昭院殿(家宜)に拝謁し、享保六年(1721)閏七月二十五日、遺跡を継ぎ、二十七日、御代官となり、十七年(1732)八月二十四日、支配所牧場の普請を配下の一人にまかせしにより、不正のはからひをなし、金子を貧るにいたる。これ昌世が等閑なるがいたすところとなりとて、支配所を減じて出仕をとごめられ、十一月十七日、ゆるさる。>
とあり、杢之進(昌世)は享保6年閏7月27日からこの地の代官を勤めたといいます。
現在の社殿は、昭和24年(1949)に再建されたもので、境内には聖徳太子の石碑の他、明和7年(1770)9月建立の雷電宮、八幡宮、稲荷宮の石祠があります。


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